大阪高等裁判所 昭和57年(う)910号 判決 1982年12月09日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人篠田健一作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官竹内陸郎作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する(弁護人は、控訴趣意中、第二の一及び三の趣意は、いずれも事実誤認及び法令適用の誤りの主張であり、第三及び第四は、右第二の一及び三の主張を補足的に述べたものであり、また第二の二の趣意は、不法に公訴を受理したという主張である、と釈明した。)。
控訴趣意書中第一の主張について
論旨は、原判示の事実中労働基準法違反の点につき、被告人は、原判示の児童T(以下「T」という。)を、午後一〇時以後ビニール本の値札貼りや販売等の業務に従事させたことはないから、この点を積極に認定した原判決には事実誤認があり、また、Tが午後一〇時以後日計表をつけていた事実はあるが、それは、労働基準法六二条一項にいう深夜業における「使用」にはあたらないから、これにあたるとした原判決には法令適用の誤がある、というのである。
よつて検討するに、原審及び当審において取調べた全証拠によつても、Tが午後一〇時以後にビニール本の値札貼りをしたと認めるに足りる証拠はないから、原判決はこの点の事実を誤認しているといわざるをえないが、原審証拠によれば、Tは、原判決添付の別紙犯罪事実一覧表記載の日時に、原判示野田ブツクサービスの店舗内に、被告人ないし被告人が雇い入れた丸野康紀とともに終始居て、その間に売れた全ての本の名、冊数、代金、売れた時刻を、自ら日計表に記入していて、しかも、それは、単なる任意の手伝いではなく、Tが昭和五五年九月一七日に被告人と締結した雇傭契約(但しTの親権者の同意はない。)の履行の一環としてなされたものと認められるから、結局、被告人は、右一覧表記載の日時に、Tをしていわゆるビニール本等は販売の業務に従事させて使用していたとする原判示の事実認定は正当である。そして、右が労働基準法六二条一項にいう深夜業における「使用」にあたるというべきであり、右に反する所論は、独自の見解であつて、採用することはできない。そうすると、右の限度で原判示の事実認定及び法令の適用は正当であつて、前記事実誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかとはいえないから、論旨は理由がない。
控訴趣意書第二の二の主張について
論旨は、本件公訴事実中児童福祉法違反の訴因について、本罪の構成要件の具体的事実の記載中、児童の心身に有害な影響を与える行為(以下「有害行為」という。)をさせる「目的をもつて」という構成要件該当事実が欠如しており、また、「有害行為」についての記載も、不明確で、特定されていないから、公訴提起の手続が違法で無効であり、かつ、公訴事実が真実であつても何ら犯罪を構成しないから、刑訴法三三八条四号、三三九条一項二号により公訴棄却の判決ないし決定をすべきであるのに、本件公訴を受理した原審手続は、刑訴法三七八条二号に該当する、というものと解される。
よつて検討するに、訴因において、有害行為をさせる「目的をもつて」という構成要件の記載は、具体的事実の後に、「もつて」で始まる総括的記載中に置かれているが、訴因を全体的にみると、右構成要件の記載に欠けるところはないものと解されるのであり、また、訴因は、いわゆるビニール本とは、女性の裸体等を露骨に撮影して印刷したものである旨具体的、明確に特定し、児童が右のようないわゆるビニール本を販売する業務に従事することが有害行為であるとしているものと解されるから、有害行為についての訴因の記載は十分特定されているというべく、かつ、訴因は、右の点を含めて児童福祉法三四条一項九号の構成要件に該当する事実をもれなく記載しているから、本件は、刑訴法三三八条四号に当らず、また、前記業務に従事することが有害行為に当るとすることの当否は別として同法三三九条一項二号にも当たらない。それで、論旨は前提を欠き、理由がない。
控訴趣意書第二の一及び三の主張について
論旨は、原判示事実中児童福祉法違反の点につき、被告人は、(一)Tをして有害行為をさせる目的を有しておらず、かつ有害行為をさせたこともなく、かつ、(二)Tを自己の支配下に置いたこともないのに、これらを積極に認定した原判決には、事実誤認、法令適用の誤りがある、というのである。
よつて、まず所論(一)について検討するに、被告人がTをしていわゆるビニール本を販売する業務につかせた旨の原判示の事実認定は、前記控訴趣意書第一の主張及び後記所論(二)の主張に対する各判断の項で述べているとおり肯認できるが、本件ビニール本は、その表紙だけみても、裸体の女性の下腹部をことさらに強調し露骨に撮影して印刷されていて、児童福祉法の理念である心身ともに未成熟な児童の心身の健全な育成という視点からみれば、児童がこれを販売する業務に従事することが有害行為に該当することは明らかであるといわなければならない。所論は、一般の書店で女性の裸体の写真の載つた書籍を販売することは有害行為とはされていないのであるから、これと対比して、本件ビニール本の販売に従事することが有害行為であるといいうるためには、本件ビニール本が、一般書店での右のような書籍と区別されるだけのもの、即ち刑法上のわいせつ物であることが必要であるところ、本件ビニール本は右わいせつ物には該当しない、と主張する。しかしながら、本件ビニール本は前記のようなものであつて、一般の書店で販売されている書籍とは明らかに異質のものであるばかりでなく、児童福祉法の理念が前記のとおりであり、わいせつ犯罪が社会の性道徳の維持を保障しようとするものであることから考えると、所論のように解すべき合理的理由はない。そして、証拠によれば、被告人は、右業務の外形的事実を十分認識しながらTをしてこれに従事させていたと認められるから、被告人に有害行為をさせる目的があつたことは明らかである。所論は、被告人は、むしろ、Tを非行の道に陥らせないように生活指導をし、現にTは本件後も再度被告人方を訪ねてきているし、Tの両親もTの指導を被告人に依頼していることをその主張の根拠とし、証拠上、被告人が、Tに対し、身のまわりの整理、体の清潔、節煙等の注意をしたことや、不良グループとの接触をさけるため夜一〇時以後外出しないように注意したこと及び本件後Tやその両親が被告人を頼つてきていることは、これを認めることができるけれども、これらの事実は、被告人に前記のような有害行為をさせる目的があつたとすることと矛盾するものではなく、右認定を左右するに足りない。
つぎに、所論(二)について検討するに、関係証拠によれば、被告人は、Tが家出してきたことを知りながら、親権者の同意を得ることなく、自己が所有する原判示店舗でのビニール本等の販売に従事させるために店員として雇い入れたこと、その際の勤務条件は、勤務時間は午後四時から翌午前一時まで、休日は週一日であり、給料は月九万円であつたこと、右勤務時間中、昭和五五年九月一七日から同月三〇日までは被告人が終始、同年一〇月一日から同月三〇日までは、午後四時から午後七時まで被告人が、午後七時から翌午前一時までは丸野康紀が、それぞれTといつしよに同店内に居て販売代金を取扱い、Tは、日計表の記入や午後七時ころまではビニール本の値札貼り、陳列等の仕事をしていたこと、被告人は、右の勤務時間のうち午後一〇時以後はTに外出しないように指導していたこと(但し、その理由については、被告人が「午後一〇時以後は客が多く来るから手伝いのため外出しないように」と指示した旨のT及び丸野康紀の捜査段階での各供述は、証拠上午後一〇時以後特に客が多いとは認められないことや同人らの原審公判廷における供述と対比して、信用することができないので、所論のように、右供述等のとおりであるとは認められない。)、被告人は、自宅から約二〇〇メートルの距離にある前記店舗にベツトを備えつけ、Tを同所に無料で居住させ、夕食は被告人が自己の負担で出前をとることが多かつたこと、以上の事実が認められ、このような雇傭に至る経緯、雇傭契約及び業務の内容、居住関係、並びに便宜供与等の事情を総合すると、所論のように、右雇傭はむしろTからの申出によるものであつたこと、勤務時間中も午後四時から午後一〇時ころまではTが私用のため外出も可能であつたこと、被告人がTに給料という名目で金銭を与えたのは税務上の理由からでもあつたことなど、被告人がTに対して格別拘束的措置に出たことはないことを窺わせる事情があつても、被告人が、児童であるTに心理的な影響を及ぼし、その意思を左右しうる状態に置き、被告人の影響下から離脱することを困難にさせたものと認めるのに十分であり、被告人の本件所為が児童福祉法三四条一項九号にいわゆる児童を自己の支配下に置く行為にあたるとした原判示の事実認定及び判断は正当である。
それで、原判決に所論のような事実誤認も法令適用の誤もないから、論旨はいずれも理由がない。
よつて、本件控訴は理由がないから、刑訴法三九六条によりこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。